直美は戸惑いながらも空いている席に座った。すると間もなく、ひとりのロボットが現れ、メニューを渡してきた。しかしそこにあるのは料理の写真でもなければ文字でもない。無数に並ぶ数列だった。
「あの、これは……」
直美が口を開こうとすると、ロボットは視線センサーで直美の瞳を捉え、発話を遮る。
「私語ハ禁止デス。お客様ノ脳データヲ解析中デス。推奨カロリー量ト食品嗜好ヲAIガ算出シテイマス。シバラクオ待チクダサイ」
ロボットの目から射出された紅い光は、直美の頭部を精密にスキャンし始める。直美はされるがままでいるしかなかった。
「解析完了。推奨カロリーハ3500kcal。注文ヲオ願イイタシマス」
ロボットはそう告げると、胸に設置されたディスプレイにメニューを映し出した。しかし名前はなく、見たことのない料理の画像と成分表、カロリー量のみが表示されている。戸惑いながら辺りを見渡すも、暗いだけでなく客席すべてが仕切られているため、他の客が何を食べているのかはわからない。いや、それどころか料理の匂いさえまったくしない。飲食店であるはずなのに無味無臭の乾燥した空間だった。
直美は戸惑いながらも、空腹のあまりディスプレイを操作し始めた。すると次々と料理が運ばれてきた。直美は何を食べているのかわからないまま、それをひたすら口の中に詰め込んだ。
「私タチノ目的ハ、人間カラ食ノ楽シミヲ奪ウコトデス」
ロボットがそう話すのを、直美は聞いた。どうしてそんなことをわざわざ人間の私にご丁寧に教えてくるのだ、と直美は思う。瞬間、幼い頃に母親から聞かされていた父親の愚痴を思い出した。
「お父さんは飲み歩いてばかりでアンタのことをちっとも面倒みるつもりがないんだよ」
「お父さんは無神経だから私やアンタの気持ちなんて微塵も考えないのよ」
当時はなぜ、子どもに向かって大人同士のいざこざを話してくるのだろうと思っていた。だが大人になるにつれて、母親は子どもである直美を軽視していたからそのような話を容易くできていたのだと気づいていった。きっと、と直美は思う。このロボットはすでに人間なんて屁でもないというか、蔑視の対象なのかもしれない。だけど、このロボットを操作しているのは人間のはずでは? ──直美はそこで思考を止めた。こんなことを考えていては、ドカ食いに集中できない。何を食べているのかはわからないが、確実に胃袋に何かが入っていってる。私は私を破壊したい。直美は食べることに集中していった。
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