【小説】放課後ドカ食い倶楽部〜直美編③〜(ここで完結)

2024/05/09

【小説】放課後ドカ食い倶楽部

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 直美はロボットが提供する料理を無心で口に運んでいく。周囲の空気は静寂に包まれ、唯一の音は直美の食べる音と、ロボットたちが動作する機械音だけになっていく。 しかし、直美の食欲は満たされるどころか、むしろ増していくばかりだった。あまりにも食べ物が現れる速度が速い。まるでわんこそばのようだったが、そんなことを考える余裕すらなく、直美の手は次々と料理を掴み、口に運んでいった。どれもこれも何の味もなく、食材や料理の名前も分からない。ただ、何かを食べ続けることで、直美は自分の内側に出来た隙間をひたすら埋めようとしていた。彼が消えたことでできたスキマ。婚約破棄の影響で母親との関係性も悪くなった、そのスキマ。働いても働いても給料は増えず、ただ失われていく自己。職場で配られた産休クッキー……スキマ。
「ねえ、これって本当に食べてるの?」
  ふと、直美の意識の片隅に、ある声が響いてくる。しかし、周囲には誰もいない。他の客の気配も、気づくと一切の消失をしていた。 瞬間、直美の心の中で、不安と孤独が渦巻き始める。決して無自覚ではなかったが、彼女は過去の傷と未来への不安に苛まれ、ただ食べ続けることでそれらを忘れようとしていたはずだった。忘れることなど、きっとできないとわかっていながら。それでも── 
 突然、店内が揺れ動く。ロボットたちはみな一斉に作業を止めた。
「地震デス。地震デス。緊急停止シマス。地震デス。地震デス──」
 直美は机にしがみつきながら、周囲を見回すが、ロボットたちは制御を失い停止する。胸元で光っていたタブレットも照明を落とし、完全な闇に包まれる。
 そのとき、奇妙な変化が起こった。向かいに座っていたらしい人の影が、浮き上がってきた。いや、その人だけではない。この店にいた客の全員の影が浮き上がってくる。そしてみな、直美の席にゆっくりとした足取りで近づいてくる。直美は戸惑いながらに目を凝らした。するとその人物たちは、全員──直美だった。地震はどんどん激しくなり、天井からは黒い液体が滴り始めた。
 地震はますます激しくなり、店内は次第に崩壊していく。
 一人の直美が言う。
「この店に入ったら、自律心や責任感、他者を配慮せねばならないといった社会の重圧から心を解放してください」
 もう一人の直美が続ける。
「意地の悪いことを言う人は一人もいません」
 違う直美も続く。
「安心して下さい。【放課後ドカ食い倶楽部】は、大人になりきれない私たちの秘密基地です」
「痛い!」
 直美は直美を振りほどき、噛まれた首筋を抑え叫んだ「やめて! 来ないで!」
「どうして?」
 店内に光が差し込んだ。あの奇妙なドアが開いたのだ。
 彼女は絶望の中で叫んだ。「助けて! 私が私を……」
 新規で入ってきた直美は戸惑いながら、辺りを見渡している。

 暗くてよく見えない。
 揺れ動く店内。空腹の音は鳴り止まない。
    
    人間ハ人間デアル限リ、人間デアルコトハヤメラレマセン。人間ハ自立心ヤ責任感、他者ヘノ配慮ヲ求メラレル世界ニ包囲サレテイマス。家デモ、学校デモ、職場デモ、電車ノ中デモ、商業施設デモ、ドコニ行ッテモ居場所ガナイ? 大丈夫。ゴ安心クダサイ。此処ニ来レバイイノデス。是非ゴ来店下サイ。スタッフ一同、オ待チシテオリマス。(了)
 

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